昨日の朝の続きのブログを

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    本日も高倉太郎による、高倉太郎的ココロ、
    「陽転思考のワクワク先生おもしろ授業」ブログ編を開いて下さって誠にありがとうございます。




    昨日のブログ、、、

    リピート間違えてアップしてました。


    本当はコレです。

    一昨日の続きがあるんです。


    今朝もリピート
    過去のブログを再投稿させていただきます。


    僕、この鹿児島での再会以来、
    娘に逢ってないんです。

    二人とも12月生まれ

    姉はもうすぐ誕生日
    妹はその5日後が誕生日

    逢いたい

    逢えない


    僕ももう一度このブログ読もっと。

    ーーーーーーーーー

    昨日は沢山「いいね!」
    ありがとうございました。

    今年六月から
    毎日欠かさず、ブログも書かせていただいておりすが
    やはり「いいね!」が百を超えると
    嬉しいですねーー

    いいね!が
    千も二千もくる方に言わせたら、
    次元が低いかもしれませんが、
    何事にも段階ってのがございまして、
    今その段階という階段を
    僕なりに昇らせていただいてます。

    愉しみながら・・・



    さて、昨日の奇跡のお話の続きを
    今日も書かせていただきますね。


    これまたドラマになるような
    お話です。




    昨日
    朝起きて
    鹿児島で娘に逢えたこと
    もう一度
    噛み締めました。


    って言うのも
    「あれっ?ひょっとしたら、鹿児島・・・夢だったのかな?」って
    目が覚めた瞬間、感じたからです。


    どうやら夢じゃなく
    現実でした。

    「そうだ、氏神様に報告して、お礼を言わなきゃっ」

    僕、午前中・・・
    10時半ごろかなぁ・・・
    氏神様に向かいました。

    自宅から東へ徒歩5〜6分のところに
    氏神様神社があります。


    メルマガや
    このブログでも何度も紹介させいただいてます「永岡八幡宮」という神社です。








    「聖徳照宇宙」と刻まれた石柱や

    猿田彦さまの石碑や



    祇園神(素戔嗚尊)さまの石碑


    そして奥には



    庚申天尊さまの石碑も祀られてます。

    庚申天尊さまの石碑
    庚申塔についてはまた今度お話しするとして、、、
    (これまた凄い話です、庚申天尊さまのお話、お愉しみにねーー)



    これが御本殿なんですが
    御本殿の右には
    筑紫野市を代表する巨木が

    僕には神功皇后さまに見えるんです
    この大樟が。

    そして御本殿の裏には
    愛宕神社



    鹿島神社




    小彦神社




    松尾神社



    が並びます。

    太平洋戦争で犠牲になられた
    この町の方々の戦没者の慰霊碑もあります。




    さて、本題に入りますが、

    僕、自宅で朝を迎えた日は
    必ず、この氏神様に手を合わせに行くのですが、長いこと
    つい最近までは、

    祇園神さまの石碑
    猿田彦さまの石碑
    御本殿
    ご神木(大樟)
    戦没慰霊碑に頭下げるだけでしたが、

    この4〜5日前くらいから
    御本殿の裏側の
    いろんな神様のお社にも
    頭下げさせていただくようにしたんです。

    すると
    なんか違うんですよね〜なんか。


    で、
    13日も
    それぞれの神々に
    「今日、ひなたに逢ってきます。
    永岡の神々が可愛いがって下さったひなたも この冬 もう16歳になりますよ」みたいな感じで、娘に会いに行く報告と娘に合わせてくれる感謝を述べたんです。


    だから
    お礼に行かなきゃ
    奇跡を起こして下さったのは
    氏神さまと
    愛宕神社の神さま
    鹿島神社の神さま
    小彦神社の神さま
    松尾神社の神さま
    庚申天尊さまのお陰だと・・・



    娘の話に入ります。

    僕が住んでる
    筑紫野市永岡という小さな町は
    毎年7月14日
    「およど」と言うお祭が
    永岡八幡宮で行われます。

    小さな小さなお祭りです。

    「およど」とは
    夜を通して神を祀る、、、の意味。

    「お夜通」なんです。


    7月14日夕方から
    地区に児童たちによる
    地区対抗の出し物があります。
    ちょっとした
    子供会による発表会です。
    10以上の地区があるのですが
    うちの娘たちの出し物は
    毎年、優勝、準優勝を獲ってました。

    それだけ
    学校から戻り
    町内会の集会場などで
    繰り返し繰り返し練習してましたから。


    娘2人いますが、
    6月に入ると
    毎日のように
    夕方、
    「およどの練習行って来まーす」と。




    およど
    19時からは深夜まで
    大人の出し物にと変わりますが
    僕は一度も参加したことありません。

    来年あたりから
    シャバ田研二ショーでも
    やろうかな(笑)

    ちなみにこれが
    およどの時の
    出し物する神楽です。





    僕、これまで
    この神楽の中に入ったことはありませんでした。


    2人の娘は
    毎年、夏になると
    この神楽で踊ったり歌ったりしてたかと思うと、
    何だか上がりたくなりまして、

    実際
    下駄を脱ぎ、
    神楽の中に上がって見ることにしました。


    へーーー
    いがいと広いんだぁーー



    そしてこれが
    神楽から見た外の景色です。



    何だか
    凄く幸せな気持ちになれました。


    映画「ふるさとがえり」じゃないけど
    これが娘たちのふるさとなんだーって。



    姉は中1を
    妹は小4を迎える春に
    この神楽から旅立ったのです。


    この永岡に
    生まれてくれて
    旅立つまでの
    わづかな間、
    父親として
    たいしたことはしてあげれませんでした。

    しかし、
    こうして
    娘たちにはふるさとがあるんです。


    大人になって
    結婚して
    子供を連れて
    ここへ帰ってきた時
    「お母さんは、ここでよく踊ってたのよ」そう伝えるふるさと・・・

    永岡八幡宮の神楽殿・・・


    そんなこと勝手に
    想像してた時です。







    えっ?


    まさか?


    ここコレはーーー



    この瞬間、
    またも13日に引続き大粒の涙がボロボロこぼれ出しました。






    ひなたが
    何年生の頃のものかは解りませんが、

    「ひなちゃんは、ここに立つのよ」

    先輩のお姉さんが
    ひなたの立ち位置に印をつけて
    くれたんでしょう。

    まさか?

    今もまだ

    これがこうしてここに
    残ってただなんて




    これを目印に大勢の観客の前で、
    そして泣き虫お父さんの前で
    幼い娘は
    ここにこうして立ってたんです。



    あぁ
    子供ながらに
    こんな印
    つけてただなんて。
    今日の今日知らなかった


    しかも
    ひなた
    ももかちゃん
    のあちゃん
    のものだけが残ってるだなんて
    これも奇跡だ!


    「ももかちゃんはここね」


    「のあちゃんはここね」



    僕は写メ撮り
    娘に
    ラインしました。


    永岡の神様が
    ずっと2人を護ってくれてるからね

    ふるさと 永岡八幡宮
    いつまでも
    心の中に
    想い出とともにしまっててね。

    って
    言葉を添えて。












    故郷と
    神さまは
    いつでもそばに。


    「陽転思考のワクワク高倉太郎」


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